音大受験は伸びしろを見るもの
演奏に順位をつける。このことに抵抗が全くないという人はいないと思います。この順位を付ける…採点する、審査する…この是非については色々言われたりもしますが、とにかく受験をするなら避けては通れないのが「審査される」ということです。
コンクールなどに出たことがなければ、受験は初めての審査の場です。私も音大受験まではコンクールに出たことがなかったので、人生初の体験でした。単にミスせず弾き終わったらよいというものではなく、受かるような弾き方をしなければならない。受かるに相応しい一定レベルの技術を示さなければならない。楽しく弾くだけではダメ。これが好きな人はいないでしょう。今までになく相当なプレッシャーを受けました。
そんな折、受験に対して先生が仰った一言があります。それは「完成されたものを見るコンクールとは違う。音大受験は伸びしろを見るもの」という言葉です。
大学に入ってその人がどれだけ伸びるだろうか。それだけの力量があるだろうか。その「可能性」を見るのが受験なのだと言われました。失敗してよい、という意味ではありませんが、この一言で、自分の演奏に点数がつけられるということに、不思議と抵抗がなくなってしまいました。
本人の、そして音楽そのものの可能性を追求するために他人から評価を受ける。これはとても大切なことではないかと思います。また、音大に入ればそれから先は毎回テストがあります。そのたびに演奏によって成績が決まります。人前で弾くことも今までより格段に多くなるでしょう。周囲も「音大生の演奏」という耳で聞きます。音楽を仕事にするならますます周囲の目は厳しくなります。自身が求めるものも、楽しいだけではなかなか手に入りません。
受験を乗り越えられなければ、それらのことを乗り越えていくのはとても難しいことだと思います。その最初の関門が、私には「音大受験」だったのだろうと思います。